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人災としての失われた30年 [日ごろのこと]

 ノーベル賞経済学者のクルーグマンの、日銀への銃殺発言は特異であった。またこのようなことが報道されたのも特異であった。

 1990年代からの日本の経済不況は日銀が金融政策を拒み、マネタリーベースを頑なに100兆円に保ったための人災だったのだろうか(現在は黒田バズーカで600兆円)。

 経済不況は設備投資や人的投資を損ない、国際競争力を低下させた。頑張っていい学校を卒業したのにブラック企業にしか勤められなかった、そもそも両親が失業して進学できなかった、離婚されて食べるにも事欠く親子、心中、強盗などの悲劇は日銀のせいなのだろうか。人災だとしたら、大変規模が大きい。そして国民は原因が分からなかった。

 やる気のなかった白川元総裁に比べ、黒田前総裁は日銀のできることは何でもやるという姿勢であった。闘わずに気力を失う人間ではなかった。

 革新派は厚労省にデモを掛けるのではなく、日銀にデモを掛けるのが正しかったのだろうか。失業率が5%になると、社会が大変不安定である。現在は2%で、大変安定している。

 日銀は巨大組織で、上場企業を10社ほど合わせた人員がいる。彼らは不況でも給与は下がらないし、昇進が妨げられることもない。雇用に責任感がないというわけである。

 私はこうした内向きの論理だけでなく、幹部たる職員が学ばない、とりわけ先進諸国で学ばないということがあるのだろうと思う。戦後間もなくであれば職員が若いうちに留学させてそれで事足りたのだろう。それで仕事ができた。平均寿命が短かったから、実権を握っている中高年幹部は定年以前に適当に死んでくれた。しかし現在、健康寿命が延びて頭にカビが生えた60歳前後の職員が実権を握っているのだろう。彼らは若いとき学んだ知識のまま、高齢者になっているというわけである。

 中高年になるまでに1、2回、国内留学させたり、海外で博士号を取らせるなど、新しい情報を取り入れてはどうだろうか。組織とは異なる環境に身を置き、学び、刺激を受けることが重要である。

 クルーグマンにこっぴどく批判された白川元総裁はかつて日銀にシカゴ大学に留学させてもらい、大変優秀で修士号を取得したそうである。総裁になる前にもう1、2回学んでいたら、失われた30年が20年ぐらいに短縮されたかもしれない。

 10万人以上が自殺せずに済んだかもしれない。

 高橋洋一は「民主党の小沢一郎の不同意があったから、政府は変な人を選んじゃった」と評していた。かつて新進気鋭の職員も学ばずに中高年になると、ただの「変な人」と評される。

 変な人どころか、闘わずに気折れして、心中や自殺だけでも多数の国民が犠牲になった歴史の、戦犯なのである。何もしなかった罪である。
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