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カッコウ型夫婦 [日ごろのこと]

 着飾った夫婦と子どもの一組というのは何となく警戒してしまう。質素にして子どもに口うるさくしているのが自然な姿であろう。

 身分不相応な暮らしをしている夫婦というのは無意識に、自分たち以外の誰かに子どもを任せて、自由になりたいと考えているのかもしれない。さらには夫婦も止めてバラバラになりたいのだろうか。カッコウは托卵といって他の種の巣に卵を産み付けて、詐欺的に育てさせる。いわばカッコウ型の夫婦というのはいるようだ。子どもが障害児ならなおさらだろう。

 自分たち以外の誰かが、私を含めた運動の指導員だとしたら大変なことである。これは明瞭に拒む必要があるし、倫理的に拒む義務がある。

 重度の発達障害児を運動を教えていたとき、両親に当事者意識がなくて驚いた。障害者用の運動でない。代表者がうっかり受け入れてしまったのである。祖父母が平身低頭に見捨てないでくれと頼みに来るので情に負けたらしい。

 育児放棄なんじゃないかと思った。子どもは障害が強く、父親にあなたが強く関与しないとどうしようもないですよと、何度も示唆したのだが、仕事が忙しいという。俺は仕事が忙しいから、アンタがやれというわけだ。アンタは俺の子どもがかわいいからやっているんだろうというわけである。

 仏教を学ぶと分かるが、人間の心というのは非常に身勝手である。父親は障害児を教育したくないし、できれば子どもはどっか行ってほしいし、自分は独身に戻りたいというわけである。口に出さないが、もう物腰で分かる。もちろんこうしたことは社会的、倫理的に望ましくない。望ましくないが、人間の心というのはこのようにあってはならないことを望み、非社会的、非倫理的なものなのである。

 障害児の親が必ずしも立派なわけではない。エゴイストということもある。

 この件は私が呆れ返ってしまい、結局、辞めてもらった。私は客観的にみて相当我慢強かったと思う。障害児を差別したらいけないとか、ノーマライゼーションということも考えたが、まずは父親の育児放棄を矯正するのが先決である。西欧にはペアレント・トレーニングというものがあるらしい。ただし心の在り方、態度、生き方の問題だから、恐らく父親本人が真摯に反省しなければならない。

 辞めてもらうという決断をしてとても良かったように思う。辞めてもらったのだが、さすがにクレームはなかった。
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